体操の歴史 2
《1870年の不幸な戦争は・・・
救国団体と呼ばれうるような数多くの射撃・体操協会の設立を決定づけた、きわめてささやかな理由の一つではなかった・・・。
わたしたちは、射撃と体操とを通して、子供たちに対し、彼らが21歳になった時に待ち受ける兵役の基礎をつくってやるべきではないのだろうか。
射撃協会と体操協会は、すでに基礎教育を受けた将来の若い兵士を輩出する養成機関ではないのだろうか》。
・・・こうして射撃もまた、無視しえぬ実践スポーツとなっていきました。
上流階級に属する者や軍人たちは、とりわけ拳銃による射撃訓練を行なりました。
もっとも、それはただ決闘に備えてのことだったようです。
16世紀のように、何でも闘いで決着をつけるというようなことはなくなっていましたが・・・
決闘は19世紀でもなお慣行としてみられました。