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2009年02月 アーカイブ

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ザビエル来たよねー!

ポルトガル共和国(ポルトガルきょうわこく)、通称ポルトガルは、西ヨーロッパのイベリア半島に位置する共和制国家である。北と東にスペインと国境を接し、国境線の総延長は1214kmに及ぶ。西と南は大西洋に面している。ヨーロッパ大陸部以外にも、大西洋上にアソーレス諸島とマデイラ諸島を領有している。首都はリスボン。

ポルトガルはユーラシア大陸最西端の国家であり、かつてはヨーロッパ主導の大航海時代の先駆者ともなった。そのためヨーロッパで最初に日本や中国など東アジアとの接触を持った国家でもある。

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地理について

アイスランドに次いで、ヨーロッパ諸国の中で最も西に位置する。イベリア半島西端に位置し、国土は南北に長い長方形をしている。本土以外に、大西洋上のアソーレス諸島、マデイラ諸島も領土に含まれる。いずれも火山島である。アソーレス諸島は7つの主要な島からなり、首都リスボンからほぼ真西に1,500km離れている。マデイラ諸島は4つの主要な島からなり、南西に900km離れている。

ポルトガルの最高峰は、アソーレス諸島のピコ島にそびえるピコ火山 (Montanha do Pico) 。標高は2351m。富士山などと同じ成層火山である。本土の最高地点は北部に位置するエストレーラ山脈中の標高1991m。エストレーラとは星を意味する。

東部は山岳であり、西部に海岸平野が広がっている。ほとんどの山脈が北東から南西に向かって走っており、北部ほど海岸平野が少ない。主要河川であるテージョ川が国のほぼ中央部を東西に流れており、テージョ川を境として南北に山脈の景観が変わる。首都リスボンはテージョ川に河口部分で面し、最大の海岸平野の端に位置している。南部に向かうにつれて山脈はなだらかになり、丘陵と見分けがつかなくなっていく。ポルトには同国第二の河川であるドウロ川が流れている。このような地形であるため、規模の大きな湖沼は存在しない。全水面積を合計しても440km2にとどまる。

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アングラ・ド・エロイズモ

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アングラ・ド・エロイズモ(ポルトガル語でAngra do Heroísmo)は、ポルトガル・アゾレス諸島にある都市である。アングラ・ド・エロイズモ自体は、アゾレス諸島で第3の島であるテルセイラ島の南西部を占める。テルセイラ島の東半分を占めるプライア・ダ・ヴィトリアと隣接する。

アングラ・ド・エロイズモの中心街は、1983年に、ユネスコの世界遺産に、「アゾレス諸島のアングラ・ド・エロイズモの町の中心地区」の名前で、登録されている。

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リスボン

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リスボン(ポルトガル語:Lisboa 、英語:Lisbon )はポルトガルの首都であり、ポルトガル最大の都市である。面積84.6平方キロ、人口564,652人(2001年)。北緯38度43分、西経9度8分。大リスボン圏の人口2,662,949人は、ポルトガルの人口の約25%に相当する。日本語では「リスボン」と表記されることが多いが、これは英語名をカタカナ表記したものであり、ポルトガル語では「リジュボア」という。

ポルトガルの政治、経済、文化、教育の中心である。リスボン港はポルトガル最大の海港である。またリスボン大学を始めとする高等教育機関の所在地でもある。

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ジェロニモス修道院

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ジェロニモス修道院とはポルトガルの首都であるリスボンのベレン地区にある修道院であり、世界遺産のひとつである。マヌエル様式の最高傑作ともいわれ、大航海時代の富をつぎ込んで建築された。

付近には同じく世界遺産であるベレンの塔や発見のモニュメントが存在する。
2007年12月13日に、リスボン条約の調印式が行われた場所でもある。
ヴァスコ・ダ・ガマによるインド航路開拓及び、エンリケ航海王子の偉業を称え1502年にマヌエル1世によって着工され、1511年に回廊など大部分が完成したものの、その後、マヌエル1世の死やスペインとポルトガルの同君連合による中断等もあり、最終的な完成には300年ほどかかっている。
その建築資金は最初バスコ・ダ・ガマが持ち帰った香辛料の売却による莫大な利益によって賄われ、その後も香辛料貿易による利益によって賄われた。

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バターリャ修道院

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バターリャ修道院は、ドミニコ修道会の修道院であり、ポルトガル・レイリア地方の都市であるバターリャにある。ポルトガルにおける後期ゴシック建築の傑作であり、マヌエル様式も用いられている。バターリャ修道院は、切妻屋根、尖塔と小尖塔、控え壁によって多くの人々を驚嘆させる。

バターリャ修道院は、ポルトガルの独立を象徴する建築物であり、1983年、ユネスコの世界遺産に登録された。

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トマールのキリスト教修道院

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トマールのキリスト教修道院(ポルトガル語でConvento de Cristo em Tomar)は、ポルトガルの都市・トマールにある修道院であり、12世紀にテンプル騎士団によって建設された。14世紀にテンプル騎士団に対して解散命令が出た後、ポルトガルに存在したテンプル騎士団は、キリスト騎士団へと改編され彼らが管轄することとなった。キリスト騎士団は、大航海時代 のポルトガルを支え、ポルトガル海上帝国の礎を築いたことで有名である。

1983年に、ユネスコの世界遺産に登録された。

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エヴォラ

エヴォラ (Évora) はポルトガル南東部アレンテージョ地方にある町である。人口は、55,619人。面積は、1307.0平方キロメートルであり、スペイン国境に近い。

旧市街は1986年に、ユネスコの世界遺産に「エヴォラ歴史地区」の名で登録された歴史ある街である。ローマ帝国時代からアレンテージョ地方の中心地として栄え、ルネサンスの時代には、大学もおかれた学芸の都でもある。1584年9月には、伊東マンショらの天正遣欧少年使節が立ち寄った街でもある。